【再録】女性の生理と男性のマスターベーションは似ているのか

発言者の意図を私なりに解説した上で発言の問題点を批判してます。2020年1月にcodocに書いたものの再録です。
珈音(ケロル・ダンヴァース) 2021.04.30
誰でも

 当然、炎上したわけなのだが、私にわかる範囲で千葉氏の「真意」を説明したい。その上で、この発言がどう誤解され、どういった効果をもたらしかねないかといった点を指摘すると同時に、男性身体者の持つ受動性について言及する際に女性の生理を引き合いに出すことの問題点を考察したい。

1.千葉氏の主張

 まず、千葉ツイートの「真意」についてだが、千葉氏は「女性の生理は男性の性欲にあたる」「男性の生理=性欲」ということを言っているわけではない。ここは少し誤解されているところがあると思うので、一応確認しておきたい。千葉氏は、「男性の射精欲は女性の生理と同じくらい苦痛を伴うものなんです」という話をしているわけではない。また、女性の生理と男性の性欲が等価だと言っているわけでもない。
 千葉氏の主張は、「排卵→子宮内膜→生理」と「精巣における精子の製造→溜まる→射精」が「性に関わることで、身体内で無意識に起こる事象であり、最終的に体外へと排出する必要がある」という点で「似たところがある」という話である。(「似てねーわ!」と言いたいのはわかるが、もう少しお付き合いください)
 射精は快楽を伴うものだし、自分でタイミングを決められるし、体調不良にもならないし、医学的には射精しなくても精子は体内に吸収されることが明らかになっている。決して体内に吸収されない経血と似ていると言われても全く納得がいかない女性の方が多いだろう。
 千葉氏が「知られていない」と言いたかったことは、射精欲自体は「本人の希望とは無関係に精子が溜まってしまう」ことによるので、「男性は(←主語がデカいのでは?)射精を我慢し続けると射精欲で脳内がいっぱいになって他の事が手に付かなくなる」=「切迫」がある、という点だと思われる。
 もう一度繰り返すと、「本人の意志と関わりなく、体内で何かが作られてしまうことによって、それを体外に出す必要が生じる」というメカニズムが似ている、その受動性が類似している、というのが氏の主張である。
 私は千葉氏の主張全体には賛同していないが、この「メカニズムに類似性がある」だけなら、そういう指摘もできるだろうと考える。

2.射精と生理を並べることの問題点

 次に、仮に「類似性」の指摘にそれなりの正当性があったとして、千葉氏の発言は全く問題がないものだったのか、ということを考えてみたい。
 千葉氏をフォローしていないので、彼の発言がどんな文脈から出てきたのかがよくわからないのだが、男性の性欲関係の「ままならなさ」や「煩わしさ」について何かをいいたい時に、わざわざ生理の話を引き合いに出すこと、すでにそこに生理への無理解があると言わざるを得ない。「知られていない」と千葉氏は言っているが、当事者である男性に知られていないという意味とはとれないので、「女性にはあまり知られていない」事実として、女性にも想像しやすいように生理と対比させてしまうのではないかと考える。しかし、これは逆に言えば、男性に「生理について考える際にマスターベーションと対比して考えるのは間違っていない」というメッセージとして受け取られかねないので問題が多い。
 もし、この世に「女性の生理と男性の性欲は等価」のような馬鹿げた言説が全くないのであれば、この類似点の指摘はそれなりに知的刺激を与えるものになったかもしれないが、残念ながら現実はそうではない。女性が生理のツラさを話しているとあたかも対等なものであるかのように射精について解説してくる男性は少なくない。生理を性体験や性的快楽と関係のあるものと勘違いしている男性もかなりいるらしい。そのような社会で、学者として名の通ったひとが、「女性の生理と男性のマスターベーションの類似点」を述べることは、本人の意図はともかく、生理についての知識が欠けている多くの男性に「生理と射精を比較すること」のお墨付きを与える結果になってしまう。
 千葉氏の発言には大量の批判引用リプライと共に賛同のリプライもそれなりについていたが、どちらのひとたちも問題のツイートを千葉氏の意図した「ある側面での類似点」の話としてというより、これまでにも何度となく繰り返された「女の生理=男の射精」という対比として読んでいる。この結果を予測できなかったのであれば、あまり関心のない問題に軽率な発言をしたと言わざるを得ないし、予測していたのであれば知識人として悪質である。
  さらに、生理と射精のメカニズムに類似点を挙げてみせることにどんな意味があるのか、という疑問もある。一般的に言って、まったく無関係だと思われがちなものに実は類似点があるという指摘は、新しい視点を与えてくれることも多い。一方に馴染みがあり、もう一方には馴染みがない場合は、馴染みがないものへの理解を助けることにもなる。
 千葉氏は、生物学者ではなく哲学者であり、彼の哲学的な思考には生理と射精の類似を指摘することの意味があるようだが、それは専門書や専門家のサークルなど、「射精できないツラさは射精痛!女性の生理痛にあたる」などと発言している馬鹿の目に入らない場所でやっていただきたい。

3.まとめ

 女性の生理と男性のマスターベーションの両方を実際に自分の身体で体験できるひとはいないので、女性も男性の身体のメカニズムについて知っておくことは悪いことではないだろう。千葉氏が続くツイートで言及しているように、「男性と性」については、男性の能動性・主体性を中心に語られ、場合によっては「能動的・主体的であれ」という抑圧としても機能している面があるというのは確かであろう。マスターベーションを必要性という面から理解し、自慰行為を「男らしさ」から解放することは、「女体を利用して性欲を解消してこそ男」という悪しきジェンダー規範を壊す意味でも意義のあることだと考える。
 しかし、そこで女性の生理との類似点を指摘する必要はない。仮に類似する点があったとしても、わざわざ言及することがプラスに作用する理由がないし、むしろマイナスに作用する可能性が非常に大きい。そして、男性が女性の生理を軽視することは、女性に不要な忍耐を強いたり、女性を不衛生な状態に追い込んだりする可能性が高く、身体的に非常に危険なのである。千葉氏の思考からは、こうした現実に生きている女性の身体の存在が抜け落ちているように見える。哲学的思考とはそのようなものなのかもしれないが、であるならば、なおさら女性の生理という現実の物体としての身体なしには起こり得ない事象をその対象とするべきではないのではないか。
 最後に、これは、同じように類似性を指摘するにしても、「生理とマスターベーションは(全く異なるものだが)体内のメカニズム的には意外にも類似点がある」と「生理とマスターベーションは体内のメカニズムという点において類似している(が全く異なるものである)」だと、違って伝わる、という修辞の問題でもある。
 ※イタリックの部分は今回追記しました。
 ソシュールが指摘したように、世界は言葉で出来ており、我々人間は言葉によって思考する。長い歴史の中で、どんな言葉に正当性があるかを決めるのは男性で、女性の言葉は「取るに足らないもの」とされてきた。その女性たちの身体にまつわる問題に無配慮な発言をした上で、その問題点を指摘する声をシャットアウトしていく千葉氏の姿勢に「有害な男らしさ」がないかと言えば、はなはだ疑問である。

***

 今回のホルガ村カエル通信は以上です。
 noteからcodocに引っ越しをして比較的早い時期に書いたものですが、codocがどうも読み手に優しくない仕様なので、こちらに早々に再録しておくことにしました。それにしても自分では決して経験しない生理や妊娠・出産について、まるで女性よりもずーっと詳しいような顔をして偉そうに解説しちゃう男って、ほんとなんなんでしょうね。
 もちろん女性個人だって自分の経験以外は想像しかできないので、サンプル1の女性個人よりも自分で経験はしないけれどサンプルをたくさん見聞きする男性医者や男性専門家の方がある側面では詳しい部分も当然あってくれなければ困るのだけれど、知識の量は経験の代用にはならないのだから、女性個人の経験に対してももう少し謙虚であっていいんじゃないか?と思います。

 では、次回はまた定期配信のニュースレターでお会いしましょう🐸

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