カエルのおすすめ:『BEASTARS』

3月にはホラー映画のおすすめを3本配信したが、今回はまた漫画作品を…。
板垣巴留『BEASTARS』は、肉食獣と草食獣が共に学ぶチェリートン学園という全寮制の中高一貫校を舞台に始まる(後々、舞台はもう少し広がる)。主人公はレゴシという名前のハイイロオオカミの高校生で、演劇部で裏方をやっている。その演劇部で「食殺事件(草食獣が肉食獣に食べられる事件)」が発生したり、レゴシがウサギの女の子に恋をしたり…。演劇部の部員同士の人間関係、それぞれの生い立ちなども描かれていくのだが、それがとてもよく出来ている。特に、「裏市」と呼ばれる、肉食獣向けに食肉を売る闇市の存在とそこを牛耳るヤクザ(?)の存在はなかなかにリアルだ。
一応、表向きには、肉食獣と草食獣が共生することを前提としている社会なので、肉食獣は「肉食」を放棄し、別の方法でタンパク質を摂取していることになっている(ただし、卵は合法的に入手できる)。しかし、それでも「買いたい人(獣?)」がいれば、それを「売る(売らせる)人(獣)」がいるのは、私たちの生きる人間界と同じだろうし、食肉用に飼育される動物がいても不思議ではない。それが違法であればなおのこと、反社会的勢力にとっては良い商売になってしまうのは間違いない。
貧困から、自分で自分の身体の一部(肉や血)を肉食獣に売るケースも描かれており、これは世界の様々なところで今日も実際に行われている、臓器売買や性売買を思い起こさせる。「売ること」を「選んだ」のは当人(当獣?)であったとしても、そこには真の意味での「選択の自由」はない。深刻な雰囲気の社会派漫画の顔をしていない作品で、こういった問題が描かれることには大きな意味があると思う。もちろん、読んだ人全員が、現実社会の問題に関心を寄せるわけではないし、それで現実が突然変わるわけでもない。しかし、それでも、この肉食獣と草食獣のメタファーは読んだ人の心に残る。
また、この漫画の面白いところは、肉食vs草食という対比だけでなく、肉食獣同士・草食獣同士の間にある身体差なども描かれているところだ。毒を持つコモドオオトカゲは、肉食獣相手であっても消毒を行うなどの対応をするし、サイズがかなり異なる動物同士の関係などの描き方も丁寧だ。草食獣の方がサイズは大きいこともあるが、それでも肉食獣には草食獣を噛み殺すことができる牙があるという事実は覆らない。その生まれ持った身体差は、当獣が選んだものではないが、常に行動に自制を強いられるのは肉食獣・サイズの大きな獣の側だ。好き好んでそう生まれたわけではないのだから、理不尽な感じもあるが、それ以外に平穏に共存する方法はないのも事実だ。これは、人間界の男女の身体差にも置きかえられるだろう。そういった視点で読むこともできるので、フェミニズムに関心のある方々にもかなりおすすめできる。
群像劇なので、他にも色々と重要キャラが出てくるのだが、最重要キャラの一匹はレゴシが恋するウサギのハルだ。ドワーフ種の小さなウサギであるハルは、男の子から勝手に「守ってあげたい」とメサコンを発揮されたりするのだが、まあまあビッチという設定で、最初はあまり「共感できるキャラ」としては描かれていないように見えるが、その辺りも分かりやすく「守られるヒロイン」っぽくしたくなかったのかな~と。女の子キャラの描き方に少々ステレオタイプ的なところもあるようにも感じるけれど、後半の方で「オスはいつでもどこでも性欲を大っぴらにして下品」的なことをメスのキャラが言うところもあってなかなか良い。
この漫画の中では、動物が人間のように服を着て2足歩行しており、メスの動物には人間の乳房のようなものまであって、完全に「動物そのまま」ではないので、イラストとしては好みが分かれるところかもしれない。実を言えば、私もイラストがあんまり好みじゃないかもしれない…と思っていた。特に、子どもの頃にウサギを飼っていたこともあって、「ウサギはそうじゃなくない??」と思ってしまった。でも、読み始めてみたら、そこはあまり気にならなくなった。
そもそも私がこの漫画に興味を持ったのは、職場の同僚が「けっこう面白いですよ」と言っていたからなのだが、彼女と趣味が合うのかどうかを確かめたことはなかったので(ただし、彼女がキャロライン・クリアド=ペレスの『存在しない女たち』を読んでいるのを目撃したことはあったので、フェミニズムに悪い印象を抱いているタイプではないのは分かっていた)、とりあえず無料公開されている部分を読んでみたのだ。
そして、すぐに「こ、これはすごい漫画かも…」となったわけなのだが、でも、その割にちまちま読んでいたのは、毎日一話ずつ無料になる機能&U-NEXTのポイントを使って読んでいたからである。そのため、最初の方の話はあまり覚えてないこともあるままでこの記事を書いている。最後まで読み切ったところで、また毎日1話ずつ読み返していこうと思っているところだ。
ということで、連休のお供にもオススメ!
今回のホルガ村カエル通信は以上です。
『ズートピア』では、肉食獣を怖がってしまった草食獣が反省するような描写があると聞いているのですが、正直、弱い側が反省を強いられるのってどうなんでしょうかね?私には、強いものが自分の強さを自覚した上で自制しようと苦悩し、もがく『BEASTARS』の方が、社会的に正しいメッセージを伝えているんじゃないかな~と思えるのですが。って、『ズートピア』観ろよって話ですよね。
ちなみに、原作の最初の方の話はアニメ化もされているんですが、あまり評判は良くないようです。たぶん、漫画で最後まで読んだ方がいいと思うので、漫画の方をおすすめします。
あと、BEASTARはBeastとStarを合わせた造語で、肉食獣・草食獣を合わせたすべての動物の頂点に立つ存在という設定です。複数形の-sが付いている理由については、読んでもらう方がよいと思うので、ここでは書かないでおきますね。
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