カエルのおすすめ:『残穢(ざんえ)―住んではいけない部屋―』

9月は個人的に“ホラー映画強化月間“として、これまで避けまくってきた日本のホラー映画、特にいわゆる「Jホラー」の代表作などを観ているのだが、とりあえず暫定的に一番気に入っている『残穢―住んではいけない部屋―』をおすすめしたい。
珈音(ケロル・ダンヴァース) 2024.09.24
誰でも

 今年の夏は(も?)暑過ぎてダメだった…。さらに、立秋過ぎても暑過ぎる。せめて気分だけでも涼しくなってみると良いのでは?ということで、9月になってからホラー映画を意識的に観ている。今週に入ってやっと少し爽やかになってきたが、相変わらず最高気温は「夏」なので、このまま10月末のハロウィンシーズンに向けてホラー三昧でもいいかもしれない。
 このニュースレターでは、3月にはリー・ワネル監督の『透明人間』のおすすめもしているし、その他にもホラー映画の話をしてはいるのだが、私には、実は「古典的」な作品で観ていないものもかなりある。視聴後に一人で風呂に入ってて怖くなると嫌なので、風呂を済ませて「あとは布団に入って寝るだけ」という万全の体勢で挑んでいる。ホラー苦手民にはおすすめしたい視聴スタイルだ。

怖いのは怨霊なのか?

 これまでにもちょこちょこ言及している通り、私は怨霊系のホラーが苦手であった(ゾンビはOK)。おそらく子どもの頃に観た何かが怖かったのが原因だろうと思うのだが、はっきりとは覚えていない。そんなわけで、『リング』や『呪怨』などのJホラーに関しては、公開当時から話題になり、世界的にも評価され、怨霊キャラがもはやネタ化してさえいる作品でさえ、絶対に観ないつもりで生きてきた。しかし、ホラー好きの女性などと話す機会もあって、少し興味が湧いてきたこともあり、いよいよ覚悟を決めてかなり身構えて観たのである。そのせいもあってか、「意外とそこまで怖くないな」というのが正直な感想である。というか、女の怨霊が出る系のホラー映画って、確かに怨霊や呪いそのものも怖いには怖いけれど、それ以上に(生前の)その女性に対して男がやったことの方が怖いと言えるし、さらに言うなら、その「男のやったこと」は今現在も続く女性差別に基づくものであって、フィクションである怨霊よりも現実の男の所業の方が「怖い」んじゃないかな、というようなことも感じた。

 まだあまり作品数観ていないのだが、『リング』(1998)、『呪怨』(2003、2000)、『仄暗い水の底から』(2002)、『残穢~住んではいけない部屋』(2016)の順に観て、個人的に一番気に入ったのは、ぶっちぎりで『残穢』だった。やはり新しい作品の方が、過去のホラー映画作品の蓄積の上に撮られているからという面もありそうだが、台詞に不自然な女言葉が入っていることがなく、女性の描かれ方がノイズになることがないというのも大きい気がする(これは小野不由美による原作小説に負うところも大きそう)。

 あらすじを簡単にまとめると、読者から「自分が経験した怪奇現象」を募って、それを読み切りの実録ホラー小説として連載している女性小説家と読者であり怪奇現象に悩まされる大学生(ミステリー研究会所属)が一緒に怪奇現象の謎を解き明かしていくという物語。少しずつ呪いの源に近づいていく謎解き展開がワクワクするのだけれど、様々な怪奇現象はどれも背中ゾワゾワ度が高くて大変嫌なところが優秀だ。また、途中から謎解きに加わる男性作家が出てくるのだが、女性たちが被害者の心理や情況に心を寄せているのとは対照的に、「この事件、面白いのがさ、…」と始終楽しそうなところがリアルな感じがした。
 謎解きは確かにワクワクするのだが、そこに恐ろしい思いをした被害者たちがいることもまた確かなのだ。そして、それらの過去の事件は、貧富の差や民族差別、女性差別などがその原因にもなっているのではないか?ということを強く感じさせるものなのだが、それを「面白い」と言えてしまうのは、彼がマジョリティであり、自分がマジョリティであることに無自覚だからなんじゃないかな、と思わせられる。
 あまり説明的になり過ぎずに、そういった男女の違いであったり、過去の事件の背景であったりを考えさせる作りになっているところが良かった。オチも「え~、じゃあ、この映画観ちゃった時点でアウトじゃん…」的な感じで、畳のある部屋に住んでいることもあって、夜中に目が覚める度に、変な音がしたり、「湧いて」きたりしたら嫌だな…とか思っている。あと、この映画を観ていると怪奇現象が起るという話があるらしく、真面目に嫌過ぎる!未見の方は是非ともゾワゾワしながら観てほしい。(ちなみに、うちでは怪奇現象は起きていません…いまのところ…)

Jホラー代表作の感想

 せっかくなので、他の3作品についても簡単に感想を書いておく。

『リング』

 謎解き展開はちょっとワクワクする。呪いのビデオテープの歪んだ記事や音声の薄気味悪さや顔がブレる写真などがゾワゾワを誘う。映画の構成が良いなと思った。
 女性キャラの台詞が「そんな女言葉で喋るヤツいないだろ…」みたいな感じで作り物感が出てしまってるのが惜しいかも。井戸水を汲み上げるのが「梃子の力を用いずにそれは無理だろ…(あと、せめて軍手をしろ)」だったり、後半が少しご都合主義な展開だったりもするのだが、ラストは良かった。呪いのかかり方が理不尽なところも、「自分は酷いことしてないから大丈夫」ってならないのが怖いポイントだと思った。でも、貞子(とその母)に対して酷いことをしたのは全部男なので男だけ呪われてほしいな…という気持ちがないと言ったら嘘になる。男だけ呪おうぜ、応援するから!

『呪怨』

 最初に劇場版、次にビデオ映画版(1作目)を観たのだが、背中ゾワゾワ度は『リング』よりだいぶ高めだった。一般的にはビデオ版の方が怖いと言われているらしいのだが、劇場版で家の構造などが分かった上で観たので、私はビデオ版の方が大丈夫だった(ただし、グロ度は高い)。あと、伽椰子が微妙に友だちに似ているので少し面白くなってしまう瞬間もあった。呪いの家は、もともとは和室だったところを洋室風に改築したのか、まだ建築の基礎部分が洋室仕様になってないからなのか、絶妙な和洋折衷具合(洋室っぽいけど押入れだったり)も不気味感を増幅させてるかんじがある。割とクソ野郎っぽい男性キャラはあっけなく呪い殺されるのでそこは良い。俊雄くんの行動はよくわからん。あと、一番キモいの剛雄じゃね?という…。
 『呪怨』で怖いキャラと言えば伽椰子という印象が強いのは、貞子の次に出てきた女怨霊だし、キャラとして立ってるから仕方ないのかもしれないが、「女怖い」みたいなミソジニーも一役買ってそうな気がしなくもない。どう考えても剛雄のやったことの方が怖くないか?

『仄暗い水の底から』

 薄気味悪さはかなり高いけれど、呪いの方向が割とはっきりしているので怖さはそれほどでもなかった。劇場で予告編を観たとき、貯水タンクの中から手形がドーン!の場面に「ひぃぃ怖ぁーーーー」と思った記憶があるのだが、そこはむしろちょっと笑ってしまった。
 離婚調停中のシングルマザーが主人公なので、「男に頼らずに生きる女、大変だよな」と思わされる描写、女性の言うことだから適当にあしらわれる描写、女性の言うことだから「気のせい」であると説得されてしまう描写などがなかなかリアルだった。一方で、「母性」「母親」に全部背負わせてるようにも見えてしまう展開はちょい辛かったのと、クライマックスシーンで「はい!ここ泣いていいですよ!」ってキューを出すようなBGM入れてきたのはいただけない。そこは音楽なくても充分伝わってくるので、蛇足に感じた。

初期Jホラーに感じるモヤモヤ

 最初にも書いたが、だいたいの呪いは「男が女を殺した」ところから発生している。しかし、『リング』や『呪怨』という映画を観た世間は、貞子と伽椰子をある種の化け物枠として扱ってきた。『貞子vs伽椰子』なんていうのもあるくらいだし。2人とも生前に"ある種の狂気"を持った女性だったという描写があって、「元々ヤバい女」が恨みを持って「ヤバい怨霊」になった、という描き方になってしまっている。もちろん、女性でもヤバいやつはいるので、女性をただ被害者として描写しなければいけないわけではないのだが、それにしても「酷いことをして女性(や子ども)の死を招いた男性たち」の存在が割と透明化されている気がしてならない。そいつらの罪に対する罰が足りないというか、「女の怨霊が怖い」が前面に出過ぎというか。女性の怨霊の方が、長い黒髪(と暗闇に浮かび上がる白いワンピース)などのビジュアル的に不気味に見せられる要素があるからかもしれないが、そもそも日本の(に限らないのかもしれないけど)怪談文化には「女の怨霊」が多い(四谷怪談や皿屋敷など)。それは、現実社会に女性差別があり、男性が女性を死に至らしめているからなのだが、絶妙にその問題からは目を背けたまま物語は語られてしまう。
 『仄暗い〜』でも、「母親の罪を母親が贖う」みたいに見えてしまう展開で、父親はどこ行ったの?という気がしてしまうし、男性たちの不作為(不注意)は単なる自然現象のように流されており、もう少しそいつらに呪いを…と思ってしまう。なんというか、結局のところ、男がやらかしたことで生まれた呪いのケアする役割が女性にばかり負わされている感が拭えない。
 その辺りは20年以上前の映画なので仕方がないように思うし、だからこそ、フェミニズム的な視点を入れてリブートする余地はけっこうありそうだなと思った。未だに、社会は「この世を呪いたくなるほど酷いことをした男」を透明化しがちだしね。しかし、2020年にNetflixが作ったドラマ版『呪怨』はそうした問題に踏み込もうとして盛大にしくじっているらしいので、主人公の夫がナチュラルにコーヒー淹れてる『残穢』を観た方がストレスも少ないと思う(ネトフリ版『呪怨』でやたら女がお茶汲みさせられているという噂を聞きまして…)。

 とりあえず、みんな、『残穢』を観よう!

***

今回のホルガ村カエル通信は以上です。

 多少の不満が残るところもあるとはいえ、Jホラーの代表的な映画を少し観たことで、今後はパロディもわかるようになるし、少しずつ色々観ていきたいと思っているので、みなさんのおすすめホラー映画があったら教えてください。
 ちなみに、洋ホラーでは「田舎に行ったらえらい目にあった」系ホラーの古典『悪魔のいけにえ』をようやく観ました。殺人鬼ものは怨霊と違って時空を超えてこないので、その点は若干気楽に視聴できますね。ただ、昔のホラー映画は女性の悲鳴がちょっと喧し過ぎるんですよね。その点、『悪魔のいけにえ』オマージュたっぷりの『X』(2022)は、女性たちが女性であるがゆえにかけられている「呪い」の描き方も良かったし、「先進的で女性の性的主体性にも理解のある僕」みたいな男性が実は「ポルノに出るような女」を見下していることが露呈したり、かなり歳下の女性をグルーミングしてポルノに出演させてる四十男が悲惨な目に遭ったりするところが良かったので、近々関連作品も観るつもりです。

では、また次回の配信でお会いしましょう~🐸👻

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