〈部屋とYシャツと私〉の怪
9月になって急に寒くなったこともあってか調子が悪い&職場のゴタゴタでなかなか筆が進まないので半年以上前に書いて下書きリストに入れてあった、平松愛理の大ヒット曲〈部屋とYシャツと私〉の話をお届けします。
タイトルとオルゴールのようなあの曲調だけはなんとなく知っていた〈部屋とYシャツと私〉を初めてきちんと聴いた。正確にはD氏が「珈音さんが絶対に嫌いそうな歌だから聴いてみて」というので聴いてみた。
D氏は前から時々「ヒットしたけど好きじゃない曲」や「この上なくダサい曲」などを私に聴かせてくることがあり、例えば〈神田川〉とか聴きながら「男が女になりきって歌っている歌、だいたい意味がわからねぇ」とか二人で話すことはあったんだが、〈部屋とYシャツと私〉は女性が自分で作詞作曲してこうなるのか…という衝撃がすさまじかった。
私は世代的にはこの曲のヒットをリアルタイムで知っているはずなのだが、洋楽ばかり聴いていたこともあって、「なんかそういうタイトルの曲があって流行ってるらしい」くらいの認識だった。Yシャツと言っているから、同棲かなんかしてる恋人のことを歌ってるんだろうな〜くらいの想像をしていたので、そもそも恋人のことをろくすっぽ歌っていないことに驚くと同時に、でも、だからこそ、これにある種の共感をする女性も多かったのかもしれない、と思った。
歌詞をみていこう(※歌詞は各自検索してください)
初っぱなの苗字の話は、まぁ、1990年代ならそんなもんでしょうと思うし、今でも「好きなひとの苗字になる」ことに憧れるひともいるんだろうし、ここではとりあえず置いておこう。が、待って待って!「三日酔い」というのは悪酔いが三日目まで続くことなのか?三日連続で呑みに行って酔ってくることなのか?四日目に潰れて実家に帰る?えーっと、ってことはやっぱり四日連続で呑みに行くという理解でいいのかな?それともひどい二日酔いみたいな状態の三日目を乗り越えた翌日にまた呑みに行って潰れるほど飲むということ?と、状況がよくつかめない。バブルの頃は接待で連日…なんてこともあったのかもしれないけど、設定では一応新婚or結婚直前なのに、「私を大事に思うなら○○して」という要求のいの一番がそれなの???よくわからねぇ…。
サビの、部屋とYシャツと私を「愛するあなた」のために磨いていたい、ということは専業主婦になって掃除洗濯アイロンかけをして待っているね、ってことだろう。で、たまには服を買ってね、と。ふーん…で、次に何を言うかと思えば、「浮気したら無理心中するね」と。無計画に連日酔いつぶれて、しかも、それを妻に咎められるのが怖くて実家に逃げ帰る可能性を疑うような男が浮気できると思うのもすげーな…。でも、ここで浮気相手の女性に敵意を向けるのではなく、夫を殺す(自分も一緒に死ぬわけだが)という方向なのはよかった気がする。ついでに、ここで毒入りスープが出てくることで、サビの部分で欠けている「料理」という家事も「私」がやること(しかも割と得意であること)がさり気なく示されている。うまい。
大地を這うようなイビキと歯ぎしり…「あなたのイビキも私を安心させてくれるの」とか言われたい男がいるのかどうか知らんけど、現実問題として殺意だと思うな。むしろ暗闇で眠れぬ夜に「ひとりで朝までぐっすり寝たい」となるのでは?いや、起きて出勤する必要がないから平気なのかな?
寝言で他の女の名前を呼んだら嫌だから気に入った娘がいたら私の名で呼んでおいて、というところもキモい!呼ばれる方からしてもキモ過ぎでは?そもそも「妻以外の娘」を気に入るなよ、夫!
男は浮気心を抱いてしまうものだから許容はするけど私に勘付かせちゃダメだよ、みたいなのが良き妻(理解のある妻)みたいに扱われることには断固反対していきたい!いやいやいや、証拠押さえて慰謝料とろうぜ!ってかんじである。しかし、そんなポンコツな夫が「ロマンスグレー」になる前提でその後の歌詞は続く。
突然『冒険の人生』とか言い出すヤツにロマン感じちゃってるらしく…。マジで?篠田節子の短編『ベーゼンドルファー』の脱サラ夫を有りだと思えるのか?あなたとならどこでも大丈夫って、絶対大丈夫じゃないと思うよ…。
「私が先立てば…」のとこだけど、四日目に潰れるまで呑むことを心配しなきゃいけない夫の方が先に死ぬ可能性が高いのでは?まぁ、それはともかく…嘘でいいから「俺も死ぬ」と言って私を安心させてほしい、というのは…「私を安心させるためにバレバレの嘘をつく優しいあなた」ってかんじなのかなぁと想像するが、やはりよくわからない。俺も死ぬとか重いからやめてほしい。
でもって、人生の記念日にはキレイと褒めてほしい、んでしょう?別に毎日じゃなくていいの、記念日くらいは恥ずかしがらずに言ってほしい!ってかんじなのかな?まぁ、日本の男はマジでパートナー女性のこと褒めないヤツ多いから、そうなるのかもしれないけど、部屋とYシャツと私を毎日磨いてるのに、それでいいのか?
「私」に集まる視線
さて、ここまであれこれ言ってきたが、この曲は最初に書いたように、実は相手の男性のことはろくに歌っていないのである。この歌詞は「愛するあなた」に呼びかけている形になっているのだが、ずーっと「健気に努力してほんの少しのご褒美で満足な私」の話をしている。
だから、「愛するあなた」がどんな人物なのか見当がつかないし、なぜその男が「愛するあなた」になったのかもわからない。これから結婚するというときに真っ先に「二日酔い」「浮気」を心配しなきゃいけない男。もし、誰もが惚れてしまうような男であるとか女性の扱いがスマートであるとかで、どうしても浮気を心配してしまう…という設定だとするなら、「たまには服を買って」とか「記念日には褒めて」とかリクエストしないとできないとは思えない。
嘘をつくときに右の眉が上がる、なんていう漫画みたいなひとにはお目にかかったことがないが、まぁ、不器用で嘘もつけないひとを表現していると考えればいいし、うっかり連続で酔っぱらって「私」を怒らせたりするし、イビキや歯ぎしりがうるさかったり、いわゆる「イケメン」風じゃないところも、ある意味ではリアルでもある。しかし、この歌の歌詞においては、なによりも「そんなあなたのことを愛している理解のある私」「そんなあなたの良いところを知っている私」というのがメインテーマであって、「愛するあなた」像などどうでもいいとばかりに、視点はひたすら「私」にだけ向かっている。そして、「健気に頑張る欲のない私」を演出しつつ、実は「少しのご褒美で満足」ではないからこそ、「私が先立ったら」などの悲劇のヒロイン妄想が入るのかも…。
これが中学生くらいの女子が「いつか出会う運命のひと」みたいなものを想像して書いた歌だというなら、かわいらしいものだと思うが、しかし、この曲、27歳くらいで発表してるわけでしょう???という衝撃。
とはいえ、男が書いた「女性の気持ちを歌う歌詞」の多くが、ただひたすら「あなたを待つわ」「あなたを信じるわ」であった(んじゃない?実はよく知らんが)ことを思えば、決して完璧ではない男というリアルなパートナー像と、「完璧じゃなくても愛している」という女性にとっては普通のよくあること、そんな男が浮気したりしたら許さないよ!という女性にとっての本音を歌ったところが新しかったのだろうと思うし、共感もされたのではないかと想像する。そして、男はこの曲を「怖い」と思ったんではないか、と。
実は本当に怖い曲なのかも…
ただ、私は「健気に頑張る私」アピールをする女性が苦手だ。これは私の抱えるミソジニーと関係しているかもしれないが。自分で言うのもなんだが、私は比較的健気に頑張ってしまうタイプなのだが、おそらく見た目が全くそう見えないし、そう見せない努力は怠らないタイプでもある。「健気に頑張る私」は「わかる相手にだけわかればいい」ので、アピールしたくない。そんなアピールをしなければ気付かないヤツは、絶対に過剰なケアを要求してくるに決まってるぞ!それに健気に頑張っている私アピールって…恥ずかしくない?
世間には、女性はこうあるべきというステレオタイプがたくさんあるけれど、それに加えて「こうすると男性はキュンとする」みたいな仕草であったり、台詞であったり…いわゆる「モテ指南」みたいなものはいつの時代にも溢れている。そして、いつも私は不思議に思うのだ。その情報を知っているひとが、その言動をとる私を目撃したら、「そうまでして男に気に入られようとしている」とバレるわけでしょう?うーーーーーわーーーーー!!!!と叫びたくならないのかな?まぁ、そもそもそうまでして男に気に入られたいと思ったことがないんだが、想像しただけで恥ずかしい。
〈部屋とYシャツと私〉が男性に媚びた曲ではなく、むしろどちらかと言えば女性に共感される内容だった理由は、理屈としてはわかるのだ。しかし、聴いているとゾワゾワとしてしまう。それは男に媚びている女性を見てしまったときのゾワゾワに近い気がする。
何度も言ってしまうが、これから結婚するぞ!ってときは普通は一番浮かれているときなのに、「私」を放っておいて酔いつぶれてくるような男と結婚して、部屋とYシャツと私を毎日磨くことに喜びを覚えられるって怖い。もしかして、本当は背後になにか恐ろしい計画があるのではないか?実はカルト信者で、何十年間も磨いたYシャツを着せるというのも悪魔復活の儀式の通過点に過ぎない…とか。「くっくっく、馬鹿な男め、このあと悪魔の生け贄にされるとも知らずに…」とホラー妄想もできなくないな。
今回のホルガ村カエル通信は以上です。
聴いて最初の感想が「なに、これ…」だったのですが、むしろ女性に人気があったと知り、その理由を歌詞を見ながら考えてみたわけです。この曲には2019年の〈部屋とYシャツと私 〜それから〜〉というバージョンがあり、そちらも聴いてみたのですが、30年前とあまり変わらないジェンダー観で生きているのだなぁという感じでした…。(なんだよ、悪魔の生け贄にしねーのか、つまんねーな…)
この曲が好きだという女性はどのあたりが好きなのか教えてもらえると嬉しいです。ただし、この曲が好きだという男は話しかけてこないでください。
というわけで、また次回の配信でお会いしましょう🐸
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