カエルのおすすめ:『パメラ・アンダーソン、ラブ・ストーリー』

今回は、パメラ・アンダーソンが個人で所有しているビデオや日記などを紹介したりしつつ、自身のこれまでの人生について語っていくドキュメンタリー映画をおすすめしたい。
珈音(ケロル・ダンヴァース) 2024.03.23
誰でも

「金髪美女」の呪縛

 以前のニュースレターで軽く触れているのだが、私がこのドキュメンタリー映画に関心を持ったのは、パメラ本人の了承を得ないままで制作された『パム&トミー』というHuluのドラマ(日本ではDisney+で配信)がきっかけだった。ドラマの方も、最後まで見れば、パメラの尊厳を回復する意図を強く持って作られたもので、よい脚本だったのだが、被害者であるパメラに許可を得ることをせずに制作されてしまったことは非常に残念だと今も思う。そんなわけで、これはパメラ自身の言葉で彼女の人生を語ったものも見ておかないと…という使命感もあったし、それ以上にパメラ・アンダーソンという人はどんな人なのか知りたいという気持ちがあった。

 彼女が若手スターとして有名になりつつあった当時、私はまだ未成年で、まぁそこそこミソジニーも拗らせていたので、「分かりやすく」セクシーなパメラ・アンダーソンという人に好意的な感情は特に持っていなかった。実際には、そのような「セックスシンボル」という役割を過剰に押し付けられていた面もあったのだろうが、当時の私には、それが「オンナを売りにしている」ように見えていた。幼稚園~小学校時代に「良い子ブリッコ」でそこそこ男子受けもする女子から苛められていた経験なども手伝って、大人や男性(要するに強者)に媚びるような、自分の嫌いなタイプの女性像を彼女の中に勝手に見出していたのだろうと思う。だから、プライベートなビデオが流出したというのを聞いても、それが被害者に与える影響についてもあまり考えていなかったし、同じ被害を受けてもキャリアに与える影響は男女で大きく異なるという点についてもちっとも気付いていなかった。ただ、「なんで撮影してんだろ?」と思った程度だったと記憶している。

 余談だが、1996年の大ヒット映画『トレインスポッティング』でも主人公の友だちが彼女との性行為を録画して、それを観ながらセックスをしようとする場面があったので、海外ではわりと撮りたがる(自分たちで観たがる)カップルもいるんだろうか?とか脳内がハテナだらけになったものだ。しかし、昨今のリベンジポルノ問題などを考えても、撮りたがるのって圧倒的に男性なんでは?トレスポでは、彼女の方が「ビデオを観ながらしたい」と言うのだけれど、そういうシチュエーションって男の願望だったりするの?とりあえず、私にはさっぱり理解できんのだが。ちなみに、あの映画で一番嫌なのは、主人公がそのセックステープを盗んだせいで、友だちは彼女にフラれて自棄になってヤク中になって死んじゃうんだけど、主人公がそのことに責任を感じている様子が全然ないところで、ずっと納得いってない。

 話を戻そう。
 そんなこんなで、私はパメラのことを何にも知らなかったし、知ろうともして来なかったけれど、『パム&トミー』を観たことで、女優として演技で評価される機会をなかなか与えられず、「女体」として消費されるばかりだった上に、盗まれたビデオテープのせいで不必要な好奇の目に晒されてしまった、本当はもっと評価されるべき人なのでは?と考えるようになっていた。

「ラブ・ストーリー」と名付けたくなる

 『パメラ・アンダーソン、ラブ・ストーリー』を観て、彼女が努力家でチャレンジャーで才能もある人なのに、あの時代のハリウッドで求められていた「女性像」では、彼女が活躍できる余地は少なかったんだなぁと感じる。「金髪セクシー美女」という枠に入れられてしまったら、その枠内での活躍しかできないというか…。それ以上の活躍を望まれない感じ。ましてや、不良バンドのドラマー(Mötley Crüeのトミー・リー)と出会って4日で結婚したとなれば…。

 全体を通して感じるのは、「パメラはトミー・リーのことを本当に愛していた(いる?)んだな」ということと「彼女の様々な行動や決断には幼少期の性被害が大きく関係しているのではないか」ということだった。どちらも、一視聴者である私の感想であって、絶対にそうであると言うつもりはないし、そう感じない人もいるだろうと思う。そのように受け止められてパメラ本人は不本意かもしれない。しかし、私には「本当に恋をしていた」パメラがとても愛おしく見えるし、様々な被害を乗り越えようとする彼女の強さにエールを送りたいし、同時に「そんなに強くなくても大丈夫だよ」とハグしたくもなるし、彼女をもっと大事にできなかった業界に腹が立つ。最近、パメラがあえてすっぴんでカメラの前に現れている様子も報道されていたが、以前よりも彼女に対する視線は優しいし、肯定的になっているように感じる。

 映画の冒頭シーンで写される資料映像は、既に結婚しているのにトミー・リーが改めてパメラに(甲冑姿で)プロポーズしているビデオで大爆笑なんだが、私のような「運命のひとと出会う物語好き」人間にはめちゃくちゃ泣ける映像でもあるので、いきなり感情が混乱というか渋滞を起こす。
 その他のビデオでも、とにかく2人が互いに惚れあっているということがすごくよく分かって、こんなビデオ見せられたら(見せてないだろうけど)、2番目以降の夫はそりゃあやりきれんだろ…と勝手に思った。ドイツの映画監督、ヴィム・ヴェンダースが、ことあるごとに「カメラは撮影者の意図を写し込む」といったことを述べているのだが、そのお手本のようなビデオだし、写されている側が撮影者を見つめ返す様子も「目は口ほどにモノを言う」感じで、パメラをトミー以上に愛せた人もいなそうだし、パメラがトミー以上に愛せる人もいなそう…という気がしてしまう。他人様のプライベート映像を見せてもらっている状態なので、ちょっと落ち着かない感覚もなくはないが、なんか見ているこちらにも溢れる愛情が伝わってきて、「もう少し見ていたい」とか思ってしまった。

♪Nowadays

 子供のころの性被害について、彼女が語るのは映画の半ば過ぎてからなのだが、それ以前と以降で自分が変わってしまったと本人も自覚しているようだった。ただ、それがどのくらい人生に影響を与えてきたかについては、多分、本人が思う以上に大きいのではないかな、という感じがした。

 彼女がモデルにスカウトされ、プレイボーイ誌の表紙を飾ることになり…というあたりもビデオテープ盗難事件の顛末にしても、パメラが語ることは『パム&トミー』で描かれていたのとは違っていて、やっぱりドラマはあくまで創作物であって、それを事実のように認識してはいけないなと思った。それに、同じ出来事でも加害者と被害者では経験している「現実」は全くの別物だし、社会から受ける制裁(というか仕打ち)にも男女差は大いにある。
 ドラマ『パム&トミー』は、加害者視点から始まり、途中からパメラの視点が中心となるようにできているので、こうした非対称性についてはよく描けているし、被害に対する男性と女性のリアクションの違いや負わされるコストの違いについてもしっかり描いているので、「事実」を描くよりもそういった社会構造や芸能人の私生活報道の問題点を提示することを狙ったドラマと捉える必要があるのだろう。

 パメラ自身は「私は被害者なんかではない」と言っている。でも、事実関係を見れば彼女は間違いなく被害者でもあるし、被害者であることはなんら恥ずかしいことでもない。被害者であるという事実を認めることは、彼女が「弱くて自分自身を持っていない」とかいうことではない。

 私は性被害やトラウマの専門家ではないので、断定的なことは言えないけれど、彼女はまだ傷ついていて、そこからの回復過程にいるのではないかと感じた。パメラのことを単に「被害者」としてだけ語ることは不当だと思うし、彼女自身がそのように見られたがっていないのだから、私がここで繰り返すのも申し訳ないとは思う。しかし、華やかなセレブとしての彼女ではなく、一人の少女としての彼女の経験は多くの女性にとって身近なもので、だからこそ、それを乗り越えようとするパメラの姿やまだ乗り越えられない過去に共感するところもあるんじゃないか、と。なかなかハードな人生だし、家庭環境も決して恵まれていたとは言えないパメラだけれど、2人の息子はそれぞれにとてもいい子(もう「子」って歳でもないけど)に育っているようで、他人事ながら「本当に良かったよー」となんか感動してしまう。

 映画の終盤で彼女が「初めて誰かのためでなく、自分のためにやる」と言ってブロードウェイの舞台に立つことになるのだが、『シカゴ』のロキシー・ハートはパメラにはすごくピッタリの役だと思うし、ダンスコーチの男性は「少年だった頃にパメラ・アンダーソンになりたかった」と彼女からインスパイアされていたことを語る。パメラだけが理由ではないにしても、子どもの頃に彼女に憧れていた人がいて、その人がショービジネスの世界に入ってキャリアを積んで、やがてパメラに新しいチャンスを提供する側になる、というのはなかなか素敵な話ではないだろうか。

 と、長々書いてしまったが、パメラのことを知っている人が観ても新鮮な驚きがあり、彼女の意外な面が発見できるだろうし、全く知らない人が観ても90年代のショービジネス界の雰囲気や「女性をどう扱うか」がこの数十年間で大きく変わってきたことを実感できると思うので、是非おすすめしたい。

***

 今回のホルガ村カエル通信は以上です。
 Netflixでしか観られないものをオススメするべきなのか少し迷いもありましたが、機会があれば是非観てほしいと思います。また、パメラの最初の夫、トミー・リーのいるMötley Crüeが不良バンドと言われてもピンと来ないという方もいると思うのですが、モトリー・クルーの(特に初期の)「セックス・ドラッグ・ロックンロール」っぷりは同じくNetflixで配信されている『ザ・ダート:モトリー・クルー自伝』という映画を観てもらうとよくわかると思います。ちなみに、この自伝映画で扱われているのは、パメラとトミーが出会う前の時期なので、パメラは出てこないのですが、トミーのチャーミングなところとダメ男(ややDV野郎)なところも描かれているので、パメラの語ることをイメージする上でも参考になるかと思います。あとムチャクチャではあるものの、映画としても面白いです(ただし、まあまあ悪趣味なところもあるので好みは別れると思います)。ついでにゲースロ好きにしか通じないオススメの仕方をすると「ラムジーの人が一番まともな人の役」です。

 最後に、ちょうど『パメラ・アンダーソン、ラブ・ストーリー』が公開される頃のパメラのインタビューがあったので参考までにリンクを貼っておきます。

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