オンナこどもにはわからない

 無自覚の女性蔑視は、「女性差別」や「男女平等」をテーマにしていない時にこそ、無邪気に露呈するものである。
珈音(ケロル・ダンヴァース) 2023.01.22
誰でも

 年が明けて2023年になっても、相変わらず、私たちは様々な形で表出する女性差別を目撃し続けている。若年女性を支援する団体Colaboへの膨大な嫌がらせの数々、共通試験の日に受験生を狙う痴漢(とそれを「ネタ」として遊ぶ人々)、親族からの強制性交が認められず無罪判決が出たというニュース、ストーカー殺人…。話題になるもの、報道されるものはごく一部であり、現実の個々人の生活の中にはさらに大小様々な女性差別があり、私たちはそれに気付く度にちょっとずつ心を削られる。自然災害であるかのように諦めて受け流して、何事もないかのようにしている女性もいるし、むしろ「フェミ」を見下したり迷惑がったりしている女性もいるけれど、そんな女性たちも女性差別からは自由ではない。この世に生きる限り(なんなら死後でさえも)私たちは女性差別から逃れられないのだから、せめて次の世代にはマシな何かを手渡したい、と改めて思う。

音楽を巡る記事とジェンダーバイアス

 2023年1月14日の東京新聞(ネットでも無料公開されている)に、ジェフ・ベックの訃報を受けて書かれた記事が掲載された。《ジェフ・ベックのような「ギターヒーロー」はもう現れない?ギターソロがスキップ再生されがちな時代に》と題されたこの記事は、「若者文化を生み出してきた東京・渋谷」で、10〜20代を中心に音楽の聴き方について話を聞く、というところから始まる。

 最初のジャニーズ好きの10代女性は、「聴く用」と「飾る用」の2枚のCDを買うといい、歌詞は覚えるまで聞き込むけれど、ギターは意識しないと答える。2人目の女性は「配信サービスを利用する」から「音楽にお金を使わなくなった」と話す。さらに、渋谷の大型CDショップに入ると、ジェフ・ベック追悼コーナーがあったが「50代以上と思われる男性」ばかりが見ていたと書かれている。
 ここまでは、ふむふむ、そうだろうな、と思って読んだ。TikTokが入り口で、気になった曲はYouTubeで再生するという形は、今の若者のSNS利用の傾向から考えると納得がいくし、実際に若い世代と話してみても積極的に音楽を聴くひとでもCDを買うひとは少ないのかなという印象は受けていたので、驚くことはなかった。

 私が違和感(というか不快感というか怒り)を覚えたのは、次の段落に来てからだ。
 記者は突如、「他の場所でも話をきいてみた」と、JR御茶ノ水駅前に移動する。JR御茶ノ水駅から駿河台下交差点までの明治通り沿いとその周辺は、おそらく日本最大級の楽器店街である。そこで、記者が話を聞い(て、紙面にコメントを採用し)たのは、すべて男性だった。一人目は、ギター店から出てきた20代の男性で、当然ギターを弾いている。次のコメントもバンド活動をしている20代の男性で、ジェフ・ベックは聴いたことなかったけど、聴いてすごいと思ったとコメントしている。さらには、50代のジェフ・ベックファンの男性のコメントが続く。

女性「別」視という女性蔑視

 読者の皆さんも、もうお気付きのことと思うが、この記事では「CDを飾り物にする」「ギターを聴かない」「ジェフ・ベックを知らない」のは20代の女性で、自らもギターを弾き、「(ジェフ・ベックの凄さがわかるくらい)音楽をきちんと聴いている」のが男性なのである。少なくとも、記事に掲載されたコメントを並べてみた場合、そのような印象を与えるものになってしまっていると思う。それが意図的なものかどうかはわからないが、私には、どうも無意識なもののように見えた。つまり、この記者たちに無意識に刷込まれてしまっている「オンナこどもには本物のロックは解らない」という思い込みがこの記事の構成に反映されているのではないか、と思うのだ。
 なぜ、渋谷で20代の男性にも話を聞かないのか?TikTokとYouTubeで音楽を聴いている20代の男性だって、ジェフ・ベックを知らない男性だって、別に少なくないはずだ。そもそもジェフ・ベックのことは私の世代(40代)でも知らない人の方が多いのだから、10代の若者が知らなくても不思議はない。そもそも洋楽は一切聴かないという人も少なくないのだし。記事の続きにも出てくるように、ギターソロを飛ばして楽曲を再生する人も別に珍しくないし、ギターソロのない曲も少なくない現状、男性でもギターを意識せずに音楽を聴くひとは当たり前に存在しているだろう。
 逆に、楽器店街のような、楽器に関心のある(特にギター店から出てきたならギターに関心のある)人が多い場所であれば、女性であってもジェフ・ベックを知っている人に出会う確立は格段に上がる。なぜ、楽器店から出てくる女性には話を聞かないのか(あるいは、取ったコメントを採用しないのか)。最初から、「どうせ女にはジェフ・ベックの凄さなんかわからないから聴いてない」と思い込んでいるからではないのか?と疑ってしまう。

 また、ジャニーズファンの女性が、聴く用と飾る用を購入することを「アクセサリーに近い」などと書いているが、音楽好きであるなら、ロックファンの男性でもディスプレイ用を別に買ったり、ジャケ違いを買い集めたり、LPとCDと両方買ったり、複数枚買いする人がいることを知らないはずがないと思う。男の複数買いは音楽愛だけれど、女の複数買いはアクセサリーだと言いたいのだろうか?(ついでに、AKBなどの女性アイドルファンの男性はどういう位置づけになるんだろうか?)
 なお、私が、ジャニーズのCDを2枚買いする女性のコメントを読んで真っ先に思い浮かべたのは、フィギュアを「開封せずに取っておく用」と「遊ぶ用」を2個買いするという知人男性のことだったので、マニアのやることは男女変わらんなという印象でしかない。そもそも、アクセサリーは机に飾るものではなく、身につけて歩くものなので、「アクセサリーに近い」という表現も妙である。アクセサリーを「オンナが喜ぶ無意味なもの」だと思っていることが図らずも露呈してしまっているように見える。女性蔑視は、「女性差別の解消」をテーマとしていない場でこそ、当人の意識からこぼれる形で現れるものなのだ。
(一応、追記しておくと、ジャニーズについては、その労働形態、搾取の構造、一部のファンの行動などに問題があると考えているが、ここではその話はしない。)

ロックからひとを遠ざけているのは「ロック親父」では?

 東京新聞は、かなり意識的に「ジェンダー平等」に関する記事を掲載している新聞であり、「こちら特報部」でジェンダー関連の問題が取り上げられたことも何度もある。そのような新聞社においてさえ、こんな分かりやすい女性蔑視が見過ごされて紙面に載ってしまうのである。名前の出ている2名の記者の他、最後のデスクメモを書いた1名の誰一人として、このコメントの偏りに気付かなかったのは、3名全員が男性であり、「ロック親父」だからなのだろうと思う。記事全体を貫いているのは、音楽の需要のされ方の変化に「やれやれ」と肩をすくめる古い世代の溜息であり、ギターヒーロー不在の時代に「俺たちが若かった頃は…」と過去を懐かしんでしまう郷愁だ。それ自体は、理解できなくはない。私自身がロックを聴いて育った中年だからだ。
 しかし、一般的に言って、この手の「ロック親父」の卑怯なところは、では「ジェフ・ベックの何がすごいのか」「どんな曲を聴けばその凄さに触れられるのか」ということは教えてくれない、というところだ。彼らは、ただ「俺たちの頃は…」と昔話をして溜息をついて、「わかっている俺たち」というか、「わかっているが故に一般人と理解し合えない俺たち」という選民意識と優越感に浸ることに夢中で、その音楽の素晴らしさをまだ知らないひとと分かち合おうという精神が足りない。
 実際、記事にはジェフ・ベックの名前は何度も出てくるが、彼の在籍したバンドの名前も代表曲もひとつも出てこないのだ。この記事を読んで「そうか、ジェフ・ベックってすごいんだな、どんなか聴いてみよう」と思う人がいるだろうか?いや、いなくはないかもしれないけど、音楽への興味をかき立てる要素が、私には感じられなかった。

 別に音楽紹介の記事ではなく、音楽の需要の変容についての記事だから、それでいいのだ。と言われるかもしれないが、それならジェフ・ベックの名前を何度も出す必要もなさそうなものである。彼の死が記事を書くキッカケとなってるのはわかるが、「彼のようなギターヒーロー」と書かれても、もともと知らないひとは置いてけぼりだし、ギターヒーローが出てきにくい現状を憂いているのならば、この機会にこそ「ギタープレイを意識的に聴く楽しさ」を知ってもらおう!という方向で書けないもんなのか、実に不可解だ。「ロック親父」は他人の好きな音楽を腐すときにはやたら饒舌だったりするのだが、自分の好きな音楽に関しては「これを聴かないひとは人生半分損してる」「○○こそがロックだ」「大事なことは全てロックが教えてくれた」などと言うばかりで、何がどうすごいのか、自分はその音楽の何に感動したのか、という話をあまりしたがらないことが多いのだ。「教えてあげよう」が好きな割に、そこは教えてくれないのか!という謎。「どうせオンナにはわからないでしょ」と思っているから私には教えてくれないだけで、男同士だとそうでもないの?と思ったりもするが、アニオタの男性なんかにもありがちだけど、男同士だと「知識マウント大会」みたいな会話になってることも多そうな印象がある(念のために言っておくが、全男性がそうだと言っているわけではない)。
 映画ファンの間でも、自分の知っているトリビア的な豆知識を披露したがったり、台詞などをマネたり、受賞歴を諳んじる男性は多いが、彼らは自分がその作品の何に心を動かされたのか、という「自分の感情」について語るのは案外下手なのではないか、という話は以前女子会spaceで話したことがあるが、ロック親父もそれかもしれない。
 おじさんたちも、己の感情を言語化することをサボらない方がいいよ。

なお、記事にもコメントを寄せている、大阪公立大の増田聡教授はTwitterで次のように言っている。

増田聡
@smasuda
クラプトンは「いとしのレイラ」や「ティアーズ・イン・ヘブン」、ジミー・ペイジはツェッペリンの諸作など名刺代わりの一曲があるのに、ジェフ・ベックにはそれがない。個人的には第一期ジェフベックグループの”Shapes of Things”ですが普通の人は知らんわな。学生時代カヴァーしたなあ超カッコいい
2023/01/14 12:06
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増田聡
@smasuda
「三大ギタリスト」って日本でしか広く言われないような気がするんですが、そんなかで一番すごいのに一番マニア向けというか地味な印象がジェフ・ベックにはどうしてもついて回るのはその辺なのだろうとおもいます
2023/01/14 12:11
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 我が家の音楽マニア、デス氏にも「ジェフ・ベックの代表曲は何?」と聞いてみたが、「代表曲?代表曲かぁ〜。うーん…」となっていたので、この増田さんの指摘は確かにその通りなんではないかと思われる。私自身も、MTVでジェフ・ベックをときどき目にしていたものの、じゃあ、ジェフ・ベックのギターフレーズを何か口三味線できるかと言えば無理である。(なお、「いとしのレイラ」は我が家では割とよくやっている笑)

小さな出来事を拾う意味

 ロックに限らず、サッカーファンをしていても、映画ファンをしていても、女性は男性から「顔しか見てないんでしょ?」という扱いを受ける。彼らは、サッカーの面白さが本当にわかるのは男だけだと思っているし、映画については「女が好きなのは恋愛映画である」と思い込んでいる。「女である」という、ただそれだけの理由で、「ホンモノのファンではない」と決めつけられる。

 趣味に関連して、そんな経験をしたことがある女性は多いだろうと思う。漫画などでも女性向けとされるものは格下扱いされた上で、評価の高い作品は「これは(格下の女向けである)少女漫画だけれど、(ホンモノ志向の)男性が読んでも面白い」「(男より格下である)女性が描いたとは思えない重厚なストーリー」などと"褒め"られる。一体、男とは何様なのだろうか?と言いたくもなる。
 そんな言葉を何十年も見聞きしてきた身なので、今回話題にしているこの記事を読んだ時も、こうした過去の記憶(と、そのときの感情)が蘇ってきて、「おい、ふざけんなよ!」という気持ちになったわけである。「たかが地方紙の記事に目くじら立てなくても〜」と思われることは承知の上だ。しかし、東京新聞の「こちら特報部」はそれなりに気合いを入れて作られている特集記事なのだ。そして、すでに述べたように、東京新聞と言えば、様々な差別問題やマイノリティの権利について、特報部でもかなり詳しく報じてきたメディアの1つなのである。そこで、「女はアイドルの顔しか見てなくて、CDはアクセサリーみたいに買ってて、ギター(=音楽)なんかろくに聴いてないし、理解できないんだよね」をやられたのにはガッカリした。まぁ、正直なところ、むちゃくちゃ腹が立つ!というよりは「ブルータス、お前もか」案件という感じではあるが、とりあえず、東京新聞の男性記者たちには、自分たちの中にある女性蔑視にも改めてスポットを当ててみてほしいなぁと思う。

 ニュースレター冒頭で挙げた、女性差別案件と比較すれば、東京新聞の記事はごくごく小さな話に過ぎないかもしれない。しかし、こうした無意識の女性蔑視の積み重ねは決して軽視されて良いものではないと私は思う。1つ1つは小さなことでも、それが、女性への嫌がらせ、女性を狙った性犯罪、そして、女性を狙った殺人(フェミサイド)にまで繋がる道に敷かれる敷石のひとつになっているのではないか。もちろん、あらゆる事象を報道することは出来ないし、大きく扱われて話題になるものは「大きな出来事」になるのは必然でもある。しかし、だからこそ、大きな出来事の陰で見過ごされがちな、日常的にありふれた女性差別については、私のような人間が目を向けて記録していく必要もあるのかな、と。特に今は、そんな気がしている。

***

 今回のホルガ村カエル通信は以上です。
 東京新聞の記事については、配信された当日にもツイートをしているのですが、以前から「ロック親父」の害悪っぷりについては気になることが多々あったので、今回のテーマとしました。また、ちょうど、とある著名フェミニスト女性によって、Twitterの匿名アカウント発の「痴漢撲滅ムーブメント」が無かったことにされてしまったタイミングだったこともあり、やはり「小さなこと」でも気になった人間が記録を残しておくのは大事なのではないか、という気持ちもありました。私は過去の記事の後記で「何者かにならなくてもいい」と書いているのですが、何者かにならなければ話を聞いてもらえないし、いなかったことにされてしまうのが女性であるとするならば、何者かになるために卑怯な手段を取りはじめる女性も出てくることになるのだろう、という気もします。しかし、何者かになれた人こそが、何者でもない女性たちの思いを汲み取れなくてどうするの?と思います。フェミニストを名乗っているなら、なおのこと。フェミニズムが「売れる」時代というのは、良い面もあると思うのですが、社会の変化がフェミニズムの掲げる女性差別撤廃になかなか追いつかないままでは、「売れるもの」にフェミニズムの方が変容させられてしまう危険も大きいのだろうと思います。
 「お前は黙れ」と言われ、"ただのミサンドリスト""性嫌悪フェミ"と罵られても、いや、むしろそんな立場だからこそ、「売れる」ことを考えなくていいからこそ書けることを今後も少しずつ綴っていきたいです。

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